【雑記】10ヶ月の妊娠生活を振り返って感じた、たくさんの「もやもや」

出産・育児

こんにちは、たかぎです。

妊娠生活もやっと終盤に差し掛かってきたので、

この10ヶ月について私なりに振り返ってみたいと思います。

タイトルからお察しいただけるかと思いますが、

私の妊娠生活は決して

「人生で一番幸せ!!赤ちゃん楽しみ~」

というような、

100%の幸福感に満ちたものではありませんでした。


特に産休に入るまでは、

不安感8割:幸福感2割

といった感じで、

常に誰かに対して申し訳なく思ったり、

大したことない言葉にイライラしたり、

無力感を感じたり。

もやもや」していました。

10ヶ月の妊娠生活を振り返って感じた、たくさんの「もやもや」

会社・日本政府への「もやもや」

会社によって、

産休・育休の欠員補充のやり方は異なるかと思いますが、

私が勤める会社は代替要員を雇うのではなく、

今いる人員で欠員分の職務を振り分けるという方法で回していました。

こうなってくると、

社員数名の業務量が単純に増えるので、

その方たちから

「なんであいつの仕事まで引き受けなきゃいけない」

という気持ちは持たれていたと思います。


分かりやすいマタハラ発言は受けなかったものの、

「私も休みたいな~」

と嫌味?(考えすぎかもしれません)を言われたり、

業務の引継ぎについて、

その業務の経験がある方にお願いしたものの、

「その仕事は私じゃなくて、〇〇さんに先に振ってくれない?」

とお断りされたりしました。



そう対応される気持ちは想像がつきます。

妊娠・出産以外にも人それぞれ事情があり、

他人の業務をはいはいと引き受けられるほどの余裕がある人はほとんどいません。

「ぜひ助けてあげたい」と思うほどの人望が私にはなかった、

ということもあると思います。

負担をかけてしまう方へただただ「申し訳ない」と思うと同時に、

これだけ子どもを産み育てろという風潮の社会の中にあっても感じざるを得ない「もやもや」。




私は現時点では

仕事もフルタイム正社員で続けたいし、子どもも複数人欲しいと思っています。

こんな私のような女性は、

「女性活躍」やら「少子化対策」やら唱え続ける日本政府にとって、

ありがたいというか都合の良い存在だと思いますが、

子どもが生まれてもいない妊娠中から「もやもや」を感じる世の中じゃ、

政府が増やしたい都合の良い女性もそうそう増えないんじゃないかなと感じてしまいます。

子育て経験者への「もやもや」

妊娠しましたと伝えると、

必ずと言っていいほど聞かれる質問。

「里帰りするの?」




「しません。実家は遠方ですし、両親もまだ仕事してますし、自宅の近くで産んで夫と2人で育休を取ります。」

と答えると、

子育て経験のある比較的ご年配の方からは必ずと言っていいほど

「里帰りした方がいいわよ!」

「里帰りしないなら、お母様に自宅へお手伝いに来ていただいたほうがいいわよ!」

とおせっかいをいただきます。




私の心身の健康を思って勧めてくださっていることは分かっているのですが、

正直複雑な気持ちになってしまいます。

人には人の事情なり考え方があります。

「実家が遠方」「両親も暇ではない」「夫も育休を取る」

ことまで伝えているのですから、

里帰りや母親による手伝いを唯一解として勧めることは控えていただきたいです…

妊娠中で情緒不安定な中、子育て経験者からそうも言われてしまうと、

未知の産後に不安が増すばかりとなってしまいます。



どうしても口を挟みたい、おせっかいを言いたいということならば、

・その人が選んだ育児スタイル(私の場合は夫と2人で育てる)を実施する上でのアドバイス

 ex)夫には〇〇をやってもらうのがよい、妻は夫に対してこう声掛けするとよいなど

・「辛いときは連絡してね」「仕事のことはいったん忘れて頑張れ」というような励まし

をいただけると、

子育てに前向きになれて、とてもありがたいなと思います。




と、書きつつも、

子どもを産んでからもこの類の「もやもや」は絶えないのだろうと予想しています。

(母乳かミルクか混合か、何歳で預けるか、中学受験するか…)

きっと一番大切なことは、

子育てについて人から何を言われても気にしすぎることなく、

良いアドバイスは都度取り入れながら、

自分たち夫婦の信念を貫くことですね。

精進します…。


父親への「もやもや」

私の父親は「子育てが趣味」の人でした。

1週間に1刊子育て日記をワードで書き、

印刷しては親戚に配布し、自宅トイレのコルクボードに貼り、

新刊発行前にはファイリングしていました。

平日は夜遅くまで仕事し、家事は母任せでしたが、

休日ともなれば、道の駅や某大型ショッピングセンターに連れて行ってくれたことを思い出します。

お昼に自家製のタンタンメンを作ってくれたり、

自宅の畑で摘んだミニトマトを食べさせてくれたりもしました。




そんな父親なので、

「結婚することは子どもを持つことであり、それは人として正しく、素晴らしいことだ」

という思想を持っているな、

ということを彼の言葉の端々から感じることがありました。

私がまだ大学生だった頃にも、

「早く結婚して子どもを産むのがよい」

と語られた記憶があります。

私は今も昔も生意気な娘なので、

先述の父の発言には、

「私は今のところ結婚して子どもを産みたいと思っているけれど、色んな人がいるんだから、そういう発言はしない方がいいよ」

と反発し、その場の空気が凍った記憶もあります。笑


そんな会話をしてから約10年が経ち、

両親に妊娠したことを報告しました。

父から出てきた言葉は、

「でかした!」「人間が生きる意味は遺伝子を繋げることだ」「期待してるから!」でした。

悪いとは思いますが、その言葉を聞いて正直イライラしてしまいました。



私としては、もっと普通の言葉をかけてほしかったんです。

「身体に気を付けてね」とか「出産がんばれ!」とか。

娘の体調を思いやる普通の言葉でいいのに、

「子どもを産むことが正義だ」という思想が透けて見える言葉が繰り返されるので、

話すこともおっくうになってしまって、

両親が遠方に住んでいることをいいことに、

出産報告の後はしばらく連絡を取ることを控えました。




私は子どもを産むことを望み、運よく授かった人間ですが、

「子どもを産むことが正義」というような思想には、

違和感があります。

子どもを望まない方、望んでも恵まれない方

世の中には様々な思想や事情を持つ方がいる中で、

いくら自分の子どもに対してとはいえ、

自分の思想を語り、半ば押し付けるのは不愉快以外何物でもありません。

自分の心の中だけに留めておいてくれればいいのに…



ただ、これについても、私が気にしすぎなのかもしれませんね。笑

何でもマタニティーブルーのせいにするのもどうかと思いますが、

マタニティーブルーなのかも…?

産科医への「もやもや」

私は妊娠期間中、近隣のクリニックと出産先の総合病院2箇所に通っていました。

近隣のクリニックでは男性の産科医1名に、

出産先の総合病院では男女何名かの産科医に診察していただきました。

クリニックも総合病院も、

妊婦や不妊治療中の女性、その他婦人科系の病気をお持ちの女性でごった返していて、

一人一人の患者をじっくり診るというよりは、

最低限の指示出しと、次回の来院日の決定を行う

といった感じで毎回進みました。


産科医へのもやもや、というか

「こうしていただけたら、患者としてもっと心穏やかに過ごせたのにな」

と感じていたことがあります。

それは、

母体や胎児に異常があった時や、指示出しをするときに

その理由をきちんとご説明いただきたかった…ということです。



例えば、

本当に小さな話ですが、

正期産に入ってすぐの診察の際に、

「これから出産まではよく歩いてください。スクワットもやってください。」

と産科医から指示のみ受けました。

この指示に加えて、

「運動することで子宮口が開きやすくなり、出産の進みがスムーズになりますよ」

「もういつ生まれても大丈夫な時期ですので、安心して運動してくださいね」

などと一言いただけると、

より納得感を持って、ご指示通り日々を過ごすことができたかなと思います。




ただ、10ヶ月間妊娠生活を過ごしてみて、

これは私自身の反省点なのですが、

妊娠初期(できれば妊娠前)からもっと主体的に

妊娠・出産のこと、母体・胎児のことを学んでおくべきでした。

産休に入るまで、

「仕事が忙しいこと」「コロナ禍で学ぶ機会が少なかったこと」

を言い訳にろくに学ばなかったこと…

運よく大きなトラブルが無かったからよかったものの、

「お腹の赤ちゃんに申し訳ないことをしてしまったな」と今になっては思います。

自分で知っていることが増えれば、

トラブルが起きた時に適切に病院へ問い合わせることができますし、

妊婦検診の際にも産科医の指示に対して自身の不安を払しょくできるような適切な質問ができます。




自分と赤ちゃんの命がかかわること。

人任せにせず、もっと最初から真剣に向き合うべきでした。

まとめ|結局、すべて自分自身への「もやもや」

この記事を書いていて、途中から気づいたことがあります。

それは、妊婦として各方面へのもやもやを感じながらも、

私が一番にもやもやを感じているその矛先は「自分自身」なのではないかということです。



ここまで綴ってきたもやもやは、

私自身に

・他者の背景を汲み、発言の真意を読み取る力

・一人の人間、一人の母親としての軸となる考え

があれば、

もやもやにもなっていないのだと思います。



他者を変えることはできませんが、

自分を変えることはできます。

自分と他者を混同し、いちいちもやもやする今の未熟な自分を、

育児を含めた今後の人生経験で鍛えていきたいです。

どんな自分になれるのか、少し楽しみでもあります。



変なまとめになってしまいましたが、

終わりです。笑

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